泥濘 田邉利宏
泥濘 田邉利宏
寒い泥濘である。
泥濘は果てしない曠野を伸び
丘をのぼり林を抜け
それは俺達の暗愁のやうに長い。
それは俺達の靴を吸ひ
蛇のやうに疲労をからませる。
すべりころび泥まみれになり
汚れた手で鼻汁をすゝり乍らも
見よ、兵隊たちは獣のやうに
野から丘、丘から丘へつづいてゐる。
黄昏れてゆく初冬の中を
苦悩に充ちた行列が
黙々として前進する。
敵を求めて
未知の地図の上を進んでゆく。
愛と美しいものに見離されて
たゞひたすらに地の果てに向ひ
大行軍は泥濘の中に消える。
ながい悪夢のやうな大行列は
誰からも忘られて夜の中に消えるのだ。
1940年11月13日

